旅猫 in ParisPのアパートを訪問しました。
Pはご両親と妹、ラブラドールそしてちょっといじわるな白い猫と暮らしています。
“両親がpaque(復活祭)の休暇で不在だから”と私を招き入れてくれました、私たちって高校生??

彼の家はパリ北東に隣接する近郊市にあります。
大きなアパートが立ち並ぶ町並み
高島平のような印象で、いわゆるベッドタウンです。
パリ市外といっても東京で例えれば、ターミナル駅から私鉄に乗換える
程度の道のりで、決して遠くではありません。
歩いても一時間ぐらいで帰れるよって。

P宅は、リビングにキッチン、子供部屋とママのお仕事デスク、たぶん奥にご両親のお部屋と、庶民的で普通な感じ。
これで中流だそうです。
妹さんが作ってくれたパスタを食べ、テレビゲームをして、
初めて訪ねたお宅で少々暇を持て余し、緊張した数時間の滞在でした。
旅猫 in Paris少々穿ったものの見方ですが、
パリではGUCCIの偽物が出回っている模様です。

私たち外国人の目には明らかでないまでも
フランスには階級社会がしっかり残っています。
ブランドのバッグを持つことはお金持ち(クラス)の証明、だから、地下鉄にはブランドのバッグを持った人は乗っていません。
ブランドのお店で買い物をするような人はタクシーか自家用車で
外出をするのです。

なのに、若い黒人の、一般庶民であろう女の子たちが
GUCCIのショルダーバッグを斜めがけしている姿が目につきました。
同じような形で、しかも持っているのはいつも黒人の若い女の子。
これは・・・・たぶん偽物バッグです。
どこかに黒人の女の子を対象とした偽物バッグマーケットが存在するに
違いない、あくまでも私の考えですけれど。
そして、これはある意味で、日本文化の流出でしょう。
若い女の子が身の丈に合わない物を身につける。。。。

ちなみにヴィトンのバッグ(これはたぶん本物)を持つ東洋人の女の子は
大概中国人です。
今日の私って人種差別主義者みたいかしら。
旅猫 in ParisLe Bonne Marche “良い/お得なお買い物” という名前のデパート。
でも実際は、セーヌ左岸に住むお金持ちのための
デパートです。
モデル?っていうような背が高くてかっこいい男の子やナイスミドルなおじさまもお買い物をしています。


オー・プランタン、ギャラリー・ラファイエット.....
パリにある有名デパートの中でも私はここが一番好きです。
大きすぎず、多すぎず、洗練されたディスプレイ。
素敵なものがたくさんたくさんあります。
そして、なぜかいつも改装をしています。

日本のデパートと同じように1Fはブランドもののギャラリーと化し
2Fの婦人服フロアは高級ブランドばかり。
私には無縁の場所になってしまったと感じました。
ところが、帰国してから知ったのですが
なんだかわからないレストランフロアだと思っていた別館の2Fが
カジュアルな婦人服売り場になっていたらしい。
見逃してしまいました、残念!!
本館B1Fの本&文房具売り場もお薦めスポットです。
旅猫 in Parisせっかく、食の都でもあるパリに居ながら
ティーン・エイジャーのように
Pとは毎日のようにファスト・フードを食べてしまいました。
Mac・KFC(ケンタッキー)・Quick(ベルギーのハンバーガー・チェーン)
KFCにカーネル・サンダースの像はありません。
いたずらされてしまうからでしょうか。

そして、ユーロ高のため決して安価な食べ物でもありません。

ここで特筆すべきこと、それはトイレを使用するために、レシートに記載されている6桁または8桁のコードを入力しなければならないことです。
不特定多数の人に使用されるのはそれほど問題なのでしょうか??

ハンバーガーショップのレシートを大事に頂く習慣なんて
日本ではありません。
一人でトイレを利用しようとしたら、困っていたことでしょう。
旅猫 in Parisひとり旅で一番困ること、それは食事です。
日本にいても一人でレストランには入れないのに
パリではなおさらのこと。
持ち帰りのお惣菜を買ったり、パニーニを食べながら歩いたり、ビールと柿の種で済ませてしまったり。
でも、時々は“お料理”が食べたくなります。


その日に向かったのは、カルーゼル・ルーブルにあるセルフサービスの
レストラン、イタリアン・メキシカン・中華・日本食などなど
世界のお料理がひと通りあります。
お昼は過ぎていましたが、まだまだ席を見つけるのは困難な状況。
私は海鮮パエリアを選び、食べ始めました。

空いていた隣の席に男性がやってきて、言いました。
「何か買ってくるからこの席を取っておいて?」「どうぞ」と私。

これがPとの出会いです。
このあと帰国まで、多くの時間を彼と過ごすことになりました。
旅猫 in Paris“緑の小道”のお散歩です。
バスティーユからヴァンセンヌの森に向かって
昔、列車が走っていた線路が遊歩道になっています。
始まりはオペラ・バスティーユ横の
植栽された小高い道から。
歩を進めると、途中にトンネルがあったり、
自然のままの切り通しがあったり、住宅地のアパートの間を通ったり、大きな公園があったり.....
高低差もあり変化に富んだ愛らしい小道です。

フランス人とはどんなふうに友達になればいいのか、クリストフの(
ことを考えながら、音楽と共に歩く歩く。
BGMはエミネムの “カーテン・コール” 元気のない時はヒップホップにかぎる、そして、緑に心を癒してもらおう。

花の都パリは、レンギョウ、山吹、チューリップ、水仙、八重桜などなど
春の花が真っ盛りで
風が少し冷たいことを除けば散歩には最適の季節でした。
旅猫 in Parisクリストフと連絡をとるために
初めてテレカルトを購入しました。
50unitで7.5ユーロ、高いのか安いのかよくわかりません。1000円位かな、携帯電話に通話すると5unit減っていきます。
異国の地で、電話をかける誰かを持ったことが
私にとっては大きな進歩です。

パリでも携帯電話が普及していますが、町中にはたくさん公衆電話があり
しかも使用中のことも多々あります。
携帯電話持っていない人がまだまだたくさんいるのでしょう。

さて、クリストフ、何となく後味の悪い別れ方をしたので
悶々としたまま一晩を過ごし、次の日に再度電話。
「私といて楽しくないのならはっきり言って」という私の問いに
「そんなことはないよ、また会おう」と彼。
二日後に再度会う約束をしました。
この次はどこかに誘ってくれるって。
旅猫 in Paris少し神経質そうな顔立ち、スリムな体、モスグリーンのフリースに茶色の革ジャン、黒いパンツ、黒い革のショートブーツ、
初日のアイコンタクトで出会ったクリストフ(→☆)は悪くない外見です。
レピュブリック広場で会い、近くのサンマルタン運河沿いを散歩し、カフェで一休み。
フランス人は英語を話さないと言われて久しいですが
私の知る限り、パリでは多くのフランス人が英語を話します。
だから英語でコミュニケーション。

クリストフはブルターニュ出身。
地元では仕事がないのでパリに出てきていて
住まいは中心部から30分程度の郊外、夜、郵便局で働いています。
昼間に時間があるから悪くない仕事だよ、って。
フランス人らしく社会に不満を持っている、という態度を露にし
CPEのストライキに2日間参加した、と誇らしげに語ります。

「どうして私に声をかけたの?」と尋ねると
「すごく変なんだ、小さな靴がxxxxxxxxxxxxxx」
と答えになっていない答え。
出会った日の私は先の尖ったの黒いストラップシューズをはいていました。

2時間位一緒にいた後、この後予定があるからまた電話して、と残して
彼はあっさり去って行きました。
楽しくなかったのかしら。
〈je ne suis pas tres sympa??〉

旅猫 in Paris5日目の朝
レピュブリックのホテルに引っ越しました。
マドレーヌの常宿に何泊かした後は
新しい地区や新しいホテルを試みるよう心掛けています。
レピュビリックはパリの中でも5本の指に入るのではないかと思うくらい大きな広場で、メトロも何本も通っています。
バスで通過したことしかないこの地区でしたが
オベルカンプと北マレに近いこと、安いホテルが見つかったことを理由に滞在を決意しました。

パリのプティホテルはアメリカのホテルと違い独特の雰囲気があるので
慣れるのに少し時間がかかりますが、少しずつ自分の部屋になってくる感じが心地よく感じられます。
旅猫 in Paris“ペール・ラ・シェーズ”からさらに東に向かい
着いた先はパリ市と郊外との境。
ここにちっちゃな丘の街 “ポルト・ド・バニョレ”が
あります。
パリは中心地から東に向かうと徐々に上り坂になっていて、ベルヴィルとかメニルモンタンとか
眺めのいい小高い丘になっています。

サクレクール寺院前の広場だけが眺めのいい場所ではなかったのです。

さて、ポルト・ド・バニョレ。
全体は小さな城塞のようで “えっ、こんなところがあるの”という驚き。
かわいらしい家々が100軒ほど建っています。
受け売りの話ですが、オスマンのパリ大改造の際に壊した建物の瓦礫で
この丘をつくり、中流階級のための住居を造ったそうです。
いわば人工の丘であります。
パリで一軒家に住んでいるのはお金持ちと聞きます。
庶民的な雰囲気の一角ですが、ここに住む人々もお金持ちなのかしら。

5分程度で一回りできてしまうこの住宅地では
素敵な場所だわね、なんて目配せをしながら
散歩にきていた中年の観光客ご夫婦2〜3組とすれ違いました。